メトロポリタン美術館のポストカード「HOME IS WHERE THE ART IS」とサロメのおはなし

メトロポリタン美術館(通称:メット)といえば、NYCにある世界最大級の美術館の一つであり、所蔵される美術品の数は300万点を超える。コレクションはあらゆる時代あらゆる地域にわたって幅広い。

2007年12月にオープンした「Galleries for 19th-and Early 20th-Century European Paintings and Sculpture Including the Henry J. Heinz H Galleries」のコレクションには、ゴッホルノワール、モネ、セザンヌピカソゴーギャンドガ、マネなど世界的に人気が高い有名画家の作品が多く、1日ではとても回りきれないといわれる広大なメットのなかでもみなが必ず鑑賞していく展示となっている。

その「Galleries for 19th-and Early 20th-Century European Paintings and Sculpture Including the Henry J. Heinz H Galleries」のコレクションのうちの13作品を題材として、アメリカ人のEdward Sorelによって描かれたユニークな絵が「HOME IS WHERE THE ART IS」。

題材となったのは以下の作品。

  • Edgar Degas「Portraits at the Stock Exchange」
  • Edgar Degas「The Dance Lesson」
  • Jean-Auguste-Dominique Ingres「Joseph-Antoine Moltedo」
  • Camille Corot「A Woman Reading」
  • Adolphe Bouguereau「Breton Brother and Sister」
  • Pablo Picasso「Gertrude Stein」
  • Édouard Manet「The Spanish Singer」
  • Vincent van Gogh「Self-Portrait with a Straw Hat (verso: The Potato Peeler」
  • Auguste Renoir「A Waitress at Duval's Restaurant」
  • Paul Gauguin「la Orana Maria (Hail Mary)」
  • Paul Cézanne「Dominique Aubert, the Artst's Uncle」
  • Claude Monet「Jean Monet (1867–1913) on His Hobby Horse」
  • Henri-Alexandre-Georges Regnault「Salomé」

ゴッホがカメラをかまえていたり、ゴーギャンの「la Orana Maria (Hail Mary)」のモデルの女性が手にメットのショップ袋をさげていたりする。「HOME IS WHERE THE ART IS」と題材13作品のポストカードセットも販売されている。

ちなみに、右下にいる黄色いドレスの女性はHenri-Alexandre-Georges Regnault「Salomé(サロメ)」が題材。

この絵のモデルであるサロメとは、ユダヤヘロデ大王の息子である古代パレスチナ領主ヘロデ・アンティパスの妃、ヘロディアの娘。ヘロデ・アンティパスは自分の弟でもあるサロメの実父を殺し、その妃であるヘロディアを娶った。ヘロデ・アンティパスにとってサロメは姪であるわけだが、サロメの美貌は伯父をも魅了するほどだったという。そのサロメは、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品にもある通り美男子だったと伝えられている洗礼者ヨハネが、他の男とは違って自分にまったく興味をもたないがゆえに彼に恋をした。しかしヨハネサロメの誘惑を一切拒絶し、そしてサロメは彼女に夢中であった義理の父に再三懇願されてついに「7枚のヴェールの踊り」を舞った際に、褒美として好きなものを求めよと言われ、ヨハネの首を銀の皿に載せて与えてほしい、と望み、ヨハネは首を刎ねられ、サロメはその首にキスをした。

この話は一緒に鑑賞していた妹が教えてくれたのだが、なるほどこの絵の「Salomé」の膝には銀の皿が、その手には刃物が見える。

調べてみると、これはオスカー・ワイルド(Oscar Fingal O’Flaherty Wills Wilde)の戯曲「Salome」のストーリであり、これを元にしてリヒャルト・ストラウスにより作曲されたオペラ「Salome」は世界中で上演されている。

しかし、このストーリーは多分にワイルドによりアレンジされたものであり、伝承の内容とは多少異なっている。

新約聖書のマルコおよびマタイによる福音書の記述は以下のようになっている。ヘロデ・アンティパスは、兄弟の妻であったヘロディアを妃にしたことをヨハネに強く糾弾されて彼を投獄したものの、ヨハネ預言者として信奉していた民衆を恐れて処刑できずにいた。そんな折、ヘロデ・アンティパスは自分の誕生日の宴席で、サロメが素晴らしく踊ったのでその褒美になんでもほしいものを与えると誓った。そこでサロメは母であるヘロディアに何を望むべきか問うと、日頃自分の結婚を非難していたヨハネを恨んでいた彼女は、ヨハネの首を求めるようにサロメに命じた。ヘロデ・アンティパスは誓いを退けられず、ヨハネの首を刎ねてサロメに与えた。

また、ヨハネの死にはヘロディアもヘロディアの娘サロメも関与しておらず、それはひとえに民衆が信奉しているヨハネの影響力とそれによる反乱をヘロデ・アンティパスが危惧して彼を処刑した、という記述*1もあるので、はたして真相がどうだったのかはわからない。

ともあれ、ワイルドのストーリーの方がドラマチックであることは確かだ。そして、芸術作品の題材についてこうした知識があると、作品をよりいっそう楽しむことができるのも事実である。

*1:フラウィウス・ヨセフス「ユダヤ古代誌」