好きな男の条件

山田詠美が「ご新規熱血ポンちゃん(2004 新潮文庫)」の中で、好きな男の条件としてこのように書いている。

「私の好きな男の条件と言えば、勘が良いことや、私に対してだけ性的であること、飲み食いを愛していること、心がほかほかしていることなど色々あるが、絶対外せないのは、ちょっぴり情けないってこと。うんと情けないのは困るが、とほほの部分がないと好きになれない。ちょっぴりって言葉、私には欠かせない。ちょっぴりくよくよしてる風情なんかにもそそられる。ちょっぴり気弱っていうのもいいな。(中略)<うんと>と<ちょっぴり>の微妙な配分が、私の好きな人を形作っている。うんと私を守ってくれてるのに、ちょっぴりへなちょこだったりすると、ぐっとくる。」

すごくよくわかるなあ、と思う。
「絶対外せないのは、ちょっぴり情けないってこと。」以下のくだりは特に共感を覚える。

恋人が「おなかがいたいよう」といいながらパジャマの上着の裾をズボンに入れて家の中をとぼとぼ歩いていたり、何かにがっかりして一人でおとなしくしていたりする様子を見ると、どうしようもなくぐっときて、思わず襲いかかりたくなる。


それを加味して私の好きな男の条件をまとめてみた。

  • 身ぎれいである
  • 礼儀正しい
  • 聡明である(良識がある、頭がいい)
  • 勘がいい
  • ちょぴり情けない
  • 人間への愛情がある

よく争点になる「経済力」については、どうでもいいとはいわないけれど、自分自身も人並み程度には給料をもらう仕事をする人生を想定しているので、相手に大きな経済力を望むということに別に関心がない。とはいえ、お金の苦労は心までも疲弊させるというのは世の常、いくら自分が一人前に働くとしても、相手の経済力がないというのは困る。なので、一緒に過ごす、あるいは暮らすに際して、お互いの経済力を総合したときに、二人で楽しく一緒にいることができる程度の経済力があればいい。

それから、もうひとつ大きな争点となる「容姿」については、これもどうでもいいとはいわないけれど、別に背が低くてもハンサムじゃなくても気にならないというか、愛しちゃえば世界一好みの容姿だと私は本気で思えてしまうので問題ではない。


そして、私が一番重要視するのは「人間への愛情がある」という条件だ。
この「人間への愛情」という表現は、実は「竜馬が行く(司馬遼太郎著)」の中の「幕末の史劇は、清河八郎が幕を開け、坂本竜馬が閉じたといわれるが、竜馬はこの清河が好きではなかった。たった一つ、人間への愛情が足りない。万能があるくせに。そう見ている。ついに、大事をなせぬ男だ、と竜馬は見ていた。」というくだりに由来しているのだが、大事をなすとかなさないというだけでなく、人間への愛情がない人は、結局人を動かしたり、人を幸せにすることができないと私は考えている。


なにより、「好きな男の条件」は、男性に求めるだけでなく、自分もその条件を満たすような人間であろうとすることが重要だ。それがフェアだし、末永くよい関係を築く上で必要なことだと思う。